日本の教育に足りないのは英語と金融リテラシーというツイートに対する考察
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こんにちは!DX顧問サービスを運営している林です。
先日、以前上場しているゲーム会社の社長をされていた有名な方がSNSで
日本の教育は色々と問題あるけど、なかでも英語と金融リテラシーに関しては最悪を通り越して害悪。英語が話せないおかげで多くの国民の仕事の選択肢を奪っている。 金融リテラシーもヤバい。いまだに日本の金融資産の殆どが預金と日本国債で運用されている。 金融リテラシー教育がされていないから、円や日本国債なんかに大半の国民の資産が投資されている。
と仰っていました(一部抜粋しています)。今回はこれについて書いてみたいと思います。
この投稿を記事にしようと思ったのは以下の2点です。
因果関係について考えるとても良い文章
英語教育について、特にこの投稿に賛同される方に対して聞いて頂きたいことがある
それでは見てみたいと思います。
金融リテラシー問題
まず1点目です。金融リテラシーが低いせいで、日本の金融資産の殆どは預金と国債である!
とあります。
前半部分、そもそも金融リテラシーとは何を指すのでしょうか?わたしは大昔に証券会社でデリバティブズのクオンツという金融工学の仕事をしておりましたが、その様な非常に専門的な金融のことを指すのか、あるいはDCF法と呼ばれる企業価値評価などの分野を指すのか、それとも、お金は借りたら返しましょう、というような一般的なものでしょうか?
わたしは投稿した社長本人ではありませんので、この方の指し示す金融リテラシーの定義はわかりません。ただ後半の文章につながることを考えると、ここでの金融リテラシーの定義は
自分の金融資産を適切に運用できる知識と考え方
とすることができそうです。
では、読み替えましょう。
自分の金融資産を適切に運用できる知識と考え方が乏しいせいで、日本の金融資産の殆どは預金と国債である!
少しわかりやすくなったように思います。
では、次の問いです。
本当に自分の金融資産を適切に運用できる知識と考え方が乏しいのか?
さすがに金融工学まで学ぶ必要は全然ありませんが、日本人は金融知識に乏しいなとは思います。というよりも、金融資産を増やすことや、何かに投資すること自体をそもそもしない。という人が多いように思います。なのでこれについては私も同意です。
では次に、日本の金融資産の殆どが預金と国債、つまり投資をしないのは、「自分の金融資産を適切に運用できる知識と考え方が乏しい」ことが理由なのでしょうか?
わたしが大昔に証券会社で働いていた頃、周りの人たちで、積極的に投資をしている人は、ほとんどいませんでした。金融リテラシーは高いのに、です。
これはなぜか?
私達が扱っていた商品はデリバティブズという領域の商品で、非常に複雑な構成を持つ金融商品でした。これはもし損失した際には非常に大きな損失率になったりする場合もあり、リスクの高いものです。こういう商品の商品性をしっかり理解していたからこそ、投資をすることの難しさ、怖さを十分に理解していて、だからこそ投資をする人が少なかったのだと思います。
この例からも分かる通り、日本人が資産を「ほとんど預金と国債」で持っているのは、金融リテラシーが低いことが原因ではないと思うのです。
これは、
リスクアペタイトの問題
です。リスクアペタイトとは、リスクをどれぐらい許容できるか、というリスクに対する指向のことです。
日本人はこのリスクアペタイトが極端に低いのです。これがその原因だと思います。なので、今でこそ転職が普通になりましたが、以前はリスクアペタイトが低いことが原因で、終身雇用を前提としていて転職は怖いという人が多かったですし、起業に至っては未だに少ないのだと思います。
このように、原因としては、リスクアペタイトでおおよそ説明がつくと思います。
なので、因果関係を整理すると、
日本人はリスクアペタイトが低いせいで、日本の金融資産の殆どが預金と国債である!
となると思うのです。
となると、これに対して常に真となるのは『「日本の金融資産の殆どが預金と国債」という状態を回避するには、(金融リテラシーではなくて)日本人のリスクアペタイトを上げる必要がある』ということになると思います。
ただ、日本人の金融リテラシーが低いのも事実だとは思いますので、こちらも低いよりは高めたほうが良いとは思います。ただこれも、「日本人」が「他国よりも如実に」低いのかと言うと、そうとも限りません。お金に対して特に強く教育を行っている国、というのも特に思いつきません。金融リテラシーが低いのは世界的な傾向ではないかと思います。
英語問題
2点目は次に英語です。
英語が話せないおかげで多くの国民の仕事の選択肢を奪っている、ということです。
この投稿の社長様は、だからどうすべきだ、とは仰っていません。ただ、教育問題に絡めていらっしゃるということなので、「だから英語教育をすべきだ。」という結論だと仮定してお話を進めます。そして、英語自体は今では小学校から行われていますので、今よりも英語での授業時間を増やす、ということなのだとしてお話を進めます。
英語教育をすれば、英語が話せるようになるのか?
もちろんそりゃそうです。ただ、日本でそれを行うと、そこに付随する色々なものの状況が変わってきます。
前提として、日本語と英語は言語としての構成が全然違うのを捉えておく必要があります。英語と似ていると言われる言語、例えばフランス語などを母国語にするのと、日本語を母国語にするのでは根本的に状況が違います。
日本では生活は当たり前ですが日本語で行います。ではこの様な状況の中例えば授業が全て英語で行われるインターナショナルスクールで勉強するとどうなるか?
日本語の語学力が低くなり、日本の職場で働くことが難しくなります。もちろん全てがそうとは言いませんが、英語で授業を受けて、その宿題もこなし、放課後日本語の勉強を塾なり家庭なりでさせるのは極めて難しいですし、お子様にもストレスが掛かります。
事実私も子供2人を幼稚園の間完全に日本語が話されないインターナショナルスクールに通わせていました。家庭では学校のための英語の勉強と日本語の勉強どちらもさせる必要があり、子供にも負荷がかかっていたと思います。
では、インターナショナルスクールではなく日本の学校で英語の授業を増やすなどしたらどうなるか?
これよさそうですよね。でも、英語での授業を増やすということは、日本語の授業が減るということです。
常に英語だけの環境に育つ環境に対して、基本言語として日本語があり、その上で第二言語として語学力をもつというのは、意味合いが異なると思うのです。
私達は結局読む・書く・話す・聞くの基礎的なコミュニケーション能力は、日本語でつけざるを得ないのです。第二言語は日本語で習得したこれらの能力を使って更に学ぶしかありません。
ということは、日本語でのこれらの能力が低いと、その上で学ぶ第二言語の能力も下がるはずです。
日本語での主語、述語を見つける能力、書き手の主張を見抜く力、読解力など、これらの能力をしっかりと身に付けた上で、第二言語を学ぶ。
繰り返しになりますが、四六時中英語で生活するのが一番英語力が上がる近道です。でも我々日本人の置かれている環境というのは
生活全てが英語では行われず、日本語で遂行しなければならない
母国語である日本語と英語は、文法が大きく異なる
なのです。
この様な状況下で可能な限り英語力を高めるために必要なのは、「国語力」です。
小学校で習う算国理社のうち、社会は知識の要素が強いですが、算数、理科はある程度科学的な方法で論理立てて答えを導くよう、教育されますよね。式がまさしくそうです。
一方国語教育だけは、ダメダメです。
文章を読ませて、答えさせるだけです。
日本語を構造化して理解させるような学習をさせる必要があると思います。どこの国もそうかも知れませんが、母国語はなんとなく生活しているだけでも話せるようになるので、おろそかにしがちなのだと思います。
でも日本語はなんとなくやっても習得できるような語学ではないと思うのです。きっちりと練習をする必要があります。長文読解ばかりやっていても語学力の伸びは非効率な形での伸びしかしないと思います。
最後にまとめると、
英語が話せないおかげで多くの国民の仕事の選択肢を奪っている。しかしそのためにはむしろ論理的に国語を学ばせる国語教育を充実させるべきだ!
になると思うのでした。これだけみるとおかしい事になっていますが、背景の論理は上で述べた通りです。
最後になりますが、わたしの会社では、私自身がDX顧問として支援をするDX顧問サービスと、完全無料でDX顧問を紹介するDX顧問バンクを運営しております。
全然関係ないですが、今沖縄にいるので、写真を載せておきます。わたしと息子です。