【力作】プライシングの専門家が説明する、SaaS年間契約一括払いのミスプライシング

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「月々何円。但し、年間契約すると、何%OFF!」

こういうの、SaaSのプラン表の至る所で見ますよね。

なぜこうなるんですかね?

なぜ年間契約すると、OFFになるのか?

なんで20%なのか?

なんとなーく、もやもやしている方も多いと思うのです。そこで今回は、論理的に説明します。わたしはデリバティブのクオンツという、プライシングしかしない仕事をやっておりましたので、このカテゴリに関しては、ある程度納得感のある内容が話せるのではないかと思っております!

今回の記事は実はSaaSに限定されず、プライシングの基本的な勉強になると思うので、オススメです。
結論から言うとこのプライシング、

間違っています

ただ、まぁ利用者が損するのではなく、多くのケースで得をしています。つまりオーバーバリュー(割高)なのではなくアンダーバリュー(割安)なので、別に騒ぐことではありませんが。ではいってみましょう!


プライシングにおける基本的な考え方

これから話を進める前に2つだけ、プライシングをする上でとても大切なルールを説明させて下さい。まず1つ目。

ルール1: どの人も、より儲かる方向へ行動する

これがなければ、プライシングが成り立ちません。あえて損失を出す方向に行動を起こすという、合理的でない行動を認めることになってしまうために、適正な価格を出すことができなくなります。

そして次に2つ目。

ルール2: 裁定が起こらないようにしないといけない

ということです。

裁定(さいてい)って何やねん!この記事離脱すんぞコラ!と思ったそこのあなた、待って下さい、ちゃんと説明しますから。

裁定っていうのは、リスクなしに儲かっちゃう状態のことです。つまり、リスク無しでじゃぶじゃぶお金をゲットできちゃうということです。ダメですよね?そんなこと。

なのでプライシングする際は常に、裁定が発生しないように組み立てる必要があります。

これは難しい言葉では無裁定理論というのですが、名前はどうでもええです。この基本的な考え方をベースにして、進めていきましょう。


比較の対象

今回の比較は、年間契約の初期一括払いと、年間契約の月次払いとの比較とします。ではいってみましょう!


なぜOFFになるのか?

多くの場合20%OFFのことが多いですよね?結論から先にいうと、OFFになる事自体は正しいです。ただ、20という定量的な数字の妥当性については後から論じます。

まずは定性的に、なんでOFFになるべきなのでしょうか?

これは金利による影響のせいです。

はい、いきましょう。さっき説明しましたが、プライシングする上では、絶対にじゃぶじゃぶ儲かってはいけませんよね。

もし年間契約で

初期に一括で払う金額の価値 = 月次で12回払う分の金額の価値

が同じになってしまうと、じゃぶじゃぶ儲かってしまうのです。

例えば分かりやすくするために、月々100円のSaaSだとした場合、初期に一括で1200円払うとしましょう。手元に1200円あったとして、初期一括の場合はそれを払って終わりです。1年後の所持金は0円です。

一方、月次で払う場合はどうなるかというと、所持金1200円で、一ヶ月ごとに100円を払うので、常に手元にお金が残ることになります。ルール1により、このお金はそのままにしません。最も儲かるように行動します。すると、通常は銀行に預けることになります。金利がつくからですね。

つまり同じ手元に1200円所持するところからスタートしても、この行動を1年間続けると、1年後には金利の分だけ、手元にお金が残ることになるのです。月次払いの方が経済的に得をする、ということです。

このことから初期一括払いと月次払いの合計を同じ金額にしてしまうと、同等の価値ではない、ということが分かりますね。


いや待てよ、今日本はほぼ金利ゼロやんけ!だからほとんど一緒やんけ!という方もいるかも知れません。実質影響が小さいことと、理論的に同一であることは別の話です。しかも、実際に30年ほど前のように銀行金利が年利8%とかになっていた場合には、無視できないレベルになります。


ではどうする?

この2つの価値、つまり初期一括払いと月次払いの価値を同じにするにはどうするか?

これは12回分の支払いを、現時点での価値にすれば良いのです。つまり金利を加味した状態にすることで対応ができるのです。これを、「現在価値に割り引く」といいます。

例えば1ヶ月後の100円を、金利で割り引いてみます。

下はみずほ銀行の預金金利です。

出典元: みずほ銀行預金金利・利率ページ 

※画像は2022年1月22日のものです。

年利0.001%です。最高に低いですね。泣きそうになります。この金利を使って割り引きます。すると、下の画像のように、99.9999円になります。

これがじゃぶじゃぶ儲からないで、1ヶ月後に100円になるものの、現在の価値です。実際の支払いの100円より小さいですね。これを12ヶ月分、つまり12回分計算するとどうなるでしょう?

すると、上の1回分の時と同様に

1200円 > 月次で12回、合計1200円を現在の価値に割り引いた額の合計

となります。つまり、月次で12回払う分を現在の価値に割り引いた額の合計は、いつでも1200円より低くなるのです。この式の右の金額が、じゃぶじゃぶ儲からないための、初期一括で支払ってもらうべき金額の価格、ということになります。

初期一括払いの金額はこの値であるべきなのです。

※ちなみにこの99.9999という値、元本が1円の場合には、DF(ディスカウントファクター)と言います。


20%OFFの妥当性

先程の件、実際にやってみましょう。当たり前のことですが、現在価値は、金利の変動によって変わってきます。たとえば銀行の預金金利が先程と同じく、現在の実際の金利である年利0.001%の場合、以下のようになります。

1199円となっています。つまり。僅かではありますが、1200円より安くなっていますね。しかしご覧の通り、わずか0.0005%です。0.0005%OFFということです。20%OFFからは程遠いですね。つまり20%OFFは割安なプライシングです。

では、銀行金利が年利1%という、「日本もついに景気良くなってきたんだね」パターンだと、どうなるでしょうか?やってみましょう。

それでもこんなもんです。20%OFFからは程遠く、0.535%です。

なので、多くのSaaSは相当割安になっていることがわかりますね。

20%OFFは安すぎるのです。


考慮すべきこと

しかしここまで言っておいてなんですが、実は一つだけ、更に考慮すべき点があります。

今回は年間契約が前提になっています。一つは年間契約だけど月次で支払うもの、一つはやはり年間契約だけど初期に一括で支払うもの。金利の影響は先程見た通りですが、それ以外にももう一つ、SaaS事業者側が負っているリスクに違いがあるのです。なにかわかりますか?答えは、閉じておきますので、是非考えてみて下さい。

  • 答えは、「利用者側の倒産リスクを負っているかいないか」です。初期一括払いは、利用者側の倒産リスクにさらされません。一方月次支払いの場合、SaaS事業者はこれをリスクとして保有することになるのです。

答えと関連する文章が下に続くので、下の文章を一旦隠すための画像です。記事の内容とは関係ありません。答えを見た後は、下に進んで下さいね。ちなみに写真の右は私です。私はサーフィンが趣味です。

はい、そうなんです。利用者側が倒産してしまうと、月次支払いの場合、年間契約にも関わらず当然支払いは途中で止まるでしょう。一方初期一括払いの場合、取り損ねることはありません。

ならばもし月次払いという形態を取った場合に、利用者側が倒産してしまい、払ってくれなくなるくらいなら、銀行金利の分以上に割り引くことによって、更に安くしても良いから初期一括払いにしたくなる、ということには合理性があります。

答えの部分でも書きましたが、月次払いの場合には、「倒産してしまい、支払ってくれなくなるリスク」を背負っていることになります。このリスクを排除したいのであれば、金額を割り引く際に、通常の金利に、更に金利を上乗せして、割り引く金利を大きくする必要があります。


20%OFFの場合の上乗せ金利はどれほどか

では、20%OFFの場合、どれくらいの上乗せ金利が乗っかっているのでしょうか?

見てましょう。これには最適化計算というものが必要になります。ExcelやGoogleスプレッドシートでできるようになっていますのでやってみましょう。1200円の20%OFFは960円です。960円になるように、上乗せ金利を逆算します。その結果がこちらです。

ごっ、53%!!!!

これをみて、「多いのか少ないのかわからない!」と思われた方もいると思いますので、説明しておきます。

この上乗せ金利は倒産リスクからくるものです。であれば、銀行が企業に融資を行う際と同じリスクのはずです。銀行は通常融資の際には、普通預金金利に、更に金利を上乗せします。あれはなぜ上乗せするかというと、倒産リスクからくるものなのです。(銀行は銀行で、倒産リスクを正しく計算できていないのですが、それはまた別の機会に。)

2022年1月現在、企業が銀行の融資を受けた時、企業にもよりますが、現実的なラインとしてだいたい1.5%ぐらいでしょう。となると53%がいかに高いか、お分かり頂けると思います。

というわけで、SaaS事業者は倒産リスクを高くみすぎです。どう考えても。


では逆に、銀行が提示する倒産リスクからなる上乗せ金利を使った場合、何%OFFになるか計算してみましょう。「上乗せ金利」に1.5%を入力してみてみます。

このようになります。わずかに0.8%OFFです。20%OFFよりよっぽど高いです。

企業の倒産リスクは各企業によって異なります。なので、このOFF率は、

  • 算出日の金利

  • 各企業の倒産リスク

によって変わってくるものになります。いずれにしても20%OFFは、ミスプライシングです。本質的には、SaaSの事業者が、利用側の企業の倒産リスクをしっかりと算出していないことが問題です。

実はこの倒産リスクからなる上乗せ金利は、上場企業の場合は、「クレジットスプレッド」と言って、誰でも見れる状態になっています。しかし、非上場企業の場合は、見れるようになっていません。

ですが、近い将来どこかの会社が、非上場企業のクレジットスプレッドのようなものを算出するサービスを提供するようになるかも知れません。いずれにしても早くこのミスプライシングは是正しないと、そのうち、妥当性とはかけ離れて、この20%OFFが業界標準になってしまう可能性もあります。


最後に

よくある20%OFFは実は、53%もの倒産リスクのための上乗せ金利が乗っていることがわかりました。というわけで多くのSaaS事業者はミスプライシングしていて、ほとんどの利用側から見ると、ものすごく割安になっています。なので皆さん良いSaaSがあれば、是非初期一括払いをするようにしましょう。また逆に、SaaS事業者の方は、このミスプライシングは業界のためにも是正してゆきましょう。適切なプライシングは大切です。

わたしが担当するDX顧問、御依頼を絶賛募集中です。

林 高行

株式会社ヴィクセス代表取締役。東京工業大学大学院を修了後、シティバンク、エヌ、エイを経てみずほ証券にてリスク統括部にて金融派生商品の定量分析業務に従事。2012年にヴィクセスを設立。以降IT, ファイナンス領域で顧客を支援。

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